— 北欧デザインと和のアート、そして、スリランカの有名建築家ジェフリー・バワの静けさが交差する大津の静かな空間

京都駅からわずか9分。
電車を降りると、京都とはまた違い、観光地の騒音とはまったく違う空気が流れる大津の街が迎えてくれた。 古い商店街に一歩踏み入れると、走っている時間のスピードがゆっくり変わっていく。 そのなかに、まるで呼吸するように佇む宿――ホテルKoo 大津百町がある。
チェックインの扉を開けた瞬間、ふっと肩の力が抜けた。 町家ならではの土壁の温かみと、北欧家具の柔らかな曲線。 その「北欧×和」組み合わせの心地よさは、写真では伝わらない“空間”となって漂っている。
北欧と和、そして谷口工務店創業・谷口社長が影響を受けたスリランカの風が同じ空間に流れる理由
ホテルKooを手がけたのは、滋賀の工務店であり、町家再生にも精通する谷口工務店。 代表の谷口社長は、北欧家具や日本の職人技に加え、スリランカの名建築家ジェフリー・バワから大きなインスピレーションを受けたという。
バワの建築哲学は、建物と自然が溶け合うように存在すること。 風を取り込み、光をコントロールし、
庭と室内の境界を曖昧にする。 その「静けさのデザイン」は、日本の町家が持つ“あいまいさ”や“余白”と響き合う。
谷口工務店は、北欧デザインのミニマルな機能美と、バワのトロピカルモダン、日本の伝統町家。
この3つの美学を無理に足し算せず、「削ぎ落とすことで調和を生む」という方法で再生させている。
だからこの宿には、“過剰な演出”がない。
音も光も、手触りも、そっと寄り添ってくる。
客室は“家具と素材の呼吸”が感じられる空間

私が泊まった棟は、かつて商店街を支えていた町家を改修したもの。 間取りは原型を残しつつ、古梁や土壁の質感は丁寧に残され、そこに北欧家具が絶妙な距離感で置かれている。試しにブラウンのスーツケースをレセプションに置いてみたが、すっと溶け込む、その様子が美しいと感じた。
フィン・ユールの椅子の曲線が、町家の直線的な梁と対話しているように見えた。
ハンス・ウェグナーの椅子は、木材の温度がどこか日本的な“侘び”と共鳴する。
和紙の照明に灯る光は、バワ建築にも通じる柔らかな陰影を落とす。
窓を開けると通り抜ける風の確かさ。 坪庭に落ちる光のやさしさ。
それらすべてが「この宿のデザイン」なのだと思わせてくれる。
暮らすように泊まれる宿。街そのものが“おもてなし”

ホテルKooを語るうえで欠かせないのが、「ステイファンディング」暮らすように泊まれる宿という考え方。
泊まる場所としてのホテルではなく、過ごす場所。
わが家に帰ってきたかのような温かさ。
加えて、将来のわが家もこうであってほしいなという将来への期待と美の感性に包まれる。
ここに泊まることが、大津百町の商店街や地域の未来に繋がる仕組みになっている。
だからか、宿のスタッフさんが教えてくれる情報も特徴的だ。
「このおでん屋さん、昔からあるんですよ」
「ここは喫茶店のクリームソーダが最高です」
そんな“暮らしの視点”で教えてくれる。
実際に散歩に出てみると、宿の外はもう旅の延長ではなく、生活の風景になっていく。
商店街のおばあちゃんが声をかけてくれたり、夕方の光が土壁に反射したり、パン屋から焼きたての香りが流れてきたり。
旅人として街を消費するのではなく、 「街の一部として一晩を過ごす」という体験価値がここにはある。
和のアートが“静けさ”を形にしてくれる

客室に置かれたアートは、どれも主張しすぎない。
陶器、和紙、木工。どれもが空間に溶け込みながら、ふと目に入った瞬間に心を吸い寄せる力を持っている。
これはまさにバワ建築の思想に通じる。
豪華な装飾よりも、“空気をデザインする”という考え方だ。
アート作品そのものが語るというより、 その周りの光・影・風・静けさが作品と一緒に空間を作っている。
この場所のアートは、存在感というより“余白”として機能している。
朝の大津百町が見せてくれる、静かで豊かな時間
翌朝、外に出ると、町家の軒に柔らかい光が差し込んでいた。
まだ店のシャッターが開く前の商店街は、どこか映画のシーンのように美しい。
少し歩いて琵琶湖のほとりへ行くと、水面に朝日がキラキラと跳ね、風がびわ湖の匂いを運んでくる。
とても特別というわけではないのに、なぜか忘れられない景色だった。
旅先で“静けさ”を贅沢に感じられることは、そんなに多くない。
北欧 × 和 × バワ × 町家がつくる、新しい日本の宿のかたち

ホテルKoo大津百町は、デザイン性の高い宿というだけでは語りきれない。
建物、家具、アート、風、街、人。
そのすべてがゆるやかにつながり、ひとつの大きな「体験」を形づくっている。
ふとした瞬間に、バワ建築のホテルに流れるような静かな空気を思い出す。
でも同時に、和の町家の安心感と、北欧家具の温かさもある。
そのバランスこそ、この宿を特別な存在にしているのだと思う。
喧騒から離れて深呼吸したい人。
建築・デザインが好きな人。
“地域とつながる旅”をしてみたい人。 そんな人に、迷いなくおすすめしたい宿だ。

